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コトリ、と音を立ててそれぞれの前に置かれたオシャレな銀食器
湯気の立つできたてであろうカレーには至って普通な、薄切りのイチョウ型の人参、細めの玉ねぎ、ひと口サイズのジャガイモ、豚のバラ肉、と言った具材が入っている
ここにいない人達は「まだもう少し時間がかかるから」と言うことで、先にもう食べてしまおう
と、フューラー様が言った
かけ声があるわけでも無く、皆が同時に手を合わせた
食事前のその行動に懐かしさを感じて、少し遅れて俺も手を合わせ
エニスも慣れていない様子で真似をしていた
「いただきます」
声を揃えて発せられたその単語
隣のエニスは若干戸惑いながら、言い慣れていないような感じで小さな声で命に感謝した
既に他の人達は既にカレーを口に運んでいる中、恐る恐るスプーンに手を伸ばしているときに、ずっと頭の中に残っている疑問が膨らんでいく
どうしてちゃんとした食事が与えられているんだ?
今の現実があり得なくて、信じられない
一体どうしてこんな事を……
そこまで考えて、スプーンに触れたときに全ての思考がぶっ飛んだ
スプーンってどうやって持つんだっけ
さっきのシャンプーと同じだ
頭では分かってるのに体が全く理解してねぇんだ
理解していることを実行しようとすると、全部が真っ白になって分からなくなる
失礼になって怒らせてしまうかもだから、バレないように、目線だけで周囲を見てどんな感じで持ってるのかを確認する
えっと……人差し指と親指で輪っかを作って…、その輪っかにスプーンの持ち手部分を入れて、中指で下を支える……であってるはず……
本当にこの持ち方だったか?
一切のシミも無い真っ白な脳内になりかけていたときに、右から服の裾を引っ張られた
スプーンしかうつしていなかった視界を右に動かして、妙な笑顔を浮かべているエニスを見る
「あーんしてあげるわ」
慣れた手付きでスプーンを持ち、エニスは自分のカレーをすくって俺の口元まで持ってくる
スプーンに乗っているのはカレールーと人参
笑顔と、照明を反射している銀のスプーン、人参特有のその色合いに既視感を覚えて
天上に張られていた膜が破られたかのように、思考の器を満たしていく何か
脳内に映しだされた映像に呼応するように、喉の内側が締まって、ドッと心臓を殴られたかのような体中を駆け抜けていく苦しさ
視界にあるのは、口元に差し出されたスプーンのみ
食べなければならない
なのに、口内はとても乾燥していた
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作者名:ねっこんこん x他1人 | 作者ホームページ:http://nekokobuta
作成日時:2024年3月20日 2時